日本のアルペン界では,どんな時でもフルアタックできるメンタルの選手を高く評価する傾向が強いと思います.緊張しやすい選手は低く評価されることが多く,アルペンスキーに向いていないという評価すら受けてしまうこともあると思います.私は一概にどちらが良い悪いということはないと考えています.どちらにも長所短所があると思います.
緊張しないタイプの選手は,緊張によるパフォーマンスダウンが少なく,常に自分の実力を十分に発揮することができると思います.しかし一方で,同じ失敗ばかりを繰り返す傾向があるような気がします.セッターの作った罠にはまりやすい傾向もあると思います.一方,緊張しやすい選手は,緊張でパフォーマンスを落とし,本来の自分の実力がレースで出しづらいです.しかし,緊張しやすい選手は一般に思慮深く,失敗レースからも様々な反省点,改善点を見つけ,自身のレベル向上につなげることが多いと感じます.また,レースの戦略性に長け,難しいコースやセットに強い傾向があると思います.
緊張は一般に,自分の実力以上のことを求めることで起こることが多いと言われています.出せるかどうかわからない結果を目指すと,それができなかったときのことを想像して恐怖を感じ,緊張してしまうと思います.
緊張を避けるためには,このような不安やマイナス要因をそもそも考えないようにするのが効果的な方法だと思います.日本でメンタルが強く緊張しない選手の多くがこのメンタル手法を用いていると思います.しかし,この手法を用いると何故か,どういうわけか,本来,非常に重要な,気を付けるべき技術内容やコース戦略までが思考から抜けてしまうことが多いように感じます.多分,人間の脳は自分に必要なことだけ考えて,自分に不必要なことは思考から除外するというような,器用な都合のよい使い方はできないんだと思います.マイナス思考を含めて,全ての思考を止めて緊張せずに常にマックスパフォーマンスを出す選手は,その見返りとして,同じような失敗を繰り返したり,セットの落とし穴には容易にハマってしまうことがあるのだと思います.
緊張しやすい選手は,セッやバーンの攻略,自身のコンディションなど,様々な要素を検討し戦略を立てていると思います.レースで良い結果を残すためには非常に重要な事項ばかりです.しかし,そのほとんど全てが不安やマイナス思考を連想させる可能性のある要素であるため,大きな緊張にとらわれることがあり,レース本番で本来の滑りを発揮することができなくなることがあると思います.
緊張しないが失敗が多い選手の対策は,とにかくたくさんのレースに出る方法が一般的だと思います.たくさんレースにエントリーすれば多少失敗しても,どこかのレースでポイントを取ることが可能になります.しかし大量のレースを回る時間や資金が多く必要となるデメリットがあります.また,レースをはしごすることにより,肝心の技術向上のためのトレーニング時間が取れなくなりがちです.現実的には,大量のレースをはしごするスタイルは,日本国内でのアルペンスキーヤーのスタンダードな活動方法になっていると思います.
コース戦略,技術的なマネージメントをコーチに預け,選手はそのアドバイスを聞き,あとは何も考えずにマックスパフォーマンスで突っ込むという方法もあると思います.この方法は非常に合理的ですが,コーチの技量により成績が大きく左右される可能性があります.また,自分が必要とするレースマネジメント全てをやってくれる専属のコーチが必要になると思います.専属コーチを確保できるのは,現実的には日本のトップクラス,ワールドカップレーサーにならないと難しいかもしれません.
緊張しやすい選手の対策は,あまり確立されていないと思います.アルペンスキーには性格が向いていないと一蹴されてしまうことすらあると思います.しかし,緊張の主な原因は本来,速く滑るために非常に重要な深い思慮,戦略であることが多いです.もし,緊張せずに従来のパフォーマンスを出すことができれば,かなり素晴らしい結果が残せるはずです.緊張しないようにする対策としては,不安を生み出す思慮を一つ一つ,地道に開き直る方法があると思います.ただし開き直り方は人それぞれだと思います.どのような思考で開き直れば効果的かは,完全に人それぞれの性格に寄ると思います.例えば難しい箇所で途中棄権するかもしれないと心配する思考に対して,失敗しない人間はこの世にいない,自分の技量とバーン,セットの難易度を考えると失敗する確率はかなり低い,等々.自分の性格を良く知り,メンタルの弱い部分を自覚しておくことが重要だと思います.また,思慮深く,たくさん考える人ほど,たくさん開き直る必要があります.自分の性格上仕方ないと割り切り,時間をかけて一つ一つ開き直っていくことが必要だと思います.
メンタルを技術で解決することも決して忘れてはいけないと思います.例えば絶対に失敗しない簡単なコースや,間違いなく上位に入れるレベルの低いレースで緊張することはあまりないと思います.これは自分の技術が十分に高く,ゆるぎない自信があるからです.たとえオリンピックであってもコース難易度や他の選手を凌駕する卓越した技術を身に付けていれば,理屈の上ではさほど緊張することはないはずです.私は技術を高めることでメンタルを解決することができると考えます.下手だから緊張するんです.上手くなって自信が付けば緊張はさほどしないはずです.
どんなに緊張しても再現できるような,合理的でシンプルな技術を追求し身に付けることも重要だと思います.人にはどんなに緊張したとしても,出来るパフォーマンスの下限が必ずあるはずです.その最低限のパフォーマンス自体をそもそも底上げすれば,緊張してもパフォーマンスダウンがある程度抑制できるはずです.そのためには再現性の高い合理的でシンプルな技術が必要だと思います.これはケガや調整不足,カゼなどの体調不良の際にも役立つことだと思います.
以上,理屈で言うのは簡単ですが,実際に緊張をコントロールすることは簡単なことではありません.メンタルの問題は個人差がかなり大きいことだと思います.メンタル対策は一概にどれが正解でどれが不正解とか言えないものだと思います.究極的には選手本人の心の中は本人にしかわからないと思います.最も重要なことは,選手が自分の性格と思考過程をよく理解することだと思います.自分はどういう性格なのか,特に自分のメンタルの弱い部分について,受け入れて良く理解することが必要だと思います.しかし自分の弱い部分を受け入れて認めることはかなり難しいことだと思います.メンタル対策を講じること自体がメンタルトレーニングになるのかもしれません.
2019/12/20